“中でも有名な俗伝は、「発見時、船内には直前まで人が生活していたような形跡があった」とするものである。具体的には、食卓に手付かず(または食べかけ)の食事やまだ温かいコーヒー(または紅茶)が残されていた、火…”

中でも有名な俗伝は、「発見時、船内には直前まで人が生活していたような形跡があった」とするものである。具体的には、食卓に手付かず(または食べかけ)の食事やまだ温かいコーヒー(または紅茶)が残されていた、火にかけたままの鍋があった、洗面所に髭を剃ったあとがあった、などというものだが、これらはすべて事実ではなく、後世の脚色である。実際には、デイ・グラツィア号の船員の報告には船荷として水や食料が残っていたという証言こそあるが卓上の食事などは報告されていないし、後の調査でも船室には食べ物などなかったとの法廷証言が確認されている。

これらは(手元の作業を放置するほどの)急迫した事態を思わせる脚色に過ぎなかったが、その後の創作やオカルトの影響により、救命ボートが船に残っていた、航海日誌に発見当日の記載があったといった事実の歪曲が加わった結果、まるで人だけが忽然と消滅してしまったかのような、超常現象を思わせるような怪談へと変化している。これらの怪談は、一つしかない救命ボートが複数あるかのように表現していたり、発見が午後であるにもかかわらず温かいままの食事を「朝食」としているなど、初歩的な事実誤認が目立つ。また航海日誌の最後に「我が妻マリー(またはファニー)が」との走り書きがあったとする創作もあるが、ブリッグズの妻の名前はサラである。

メアリー・セレスト – Wikipedia (via darylfranz)

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