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“留学していた頃、仲良くなった老師の家を訪問したことがあった。学校の教職員が集まって住む集合住宅である。 夕食に招かれていたのだが、料理の準備から一緒に手伝うため(私が火鍋好きなので、手作りの火鍋をご馳走…”

“留学していた頃、仲良くなった老師の家を訪問したことがあった。学校の教職員が集まって住む集合住宅である。
夕食に招かれていたのだが、料理の準備から一緒に手伝うため(私が火鍋好きなので、手作りの火鍋をご馳走してくれたのだ)、昼過ぎから家にお邪魔していたのだ。
冬の寒い日だったので、老師の家に着いてから、熱いジャスミン茶を飲んで身体を暖めながら、しばらく話をしていた。
色々と話し込む内に、文化大革命の話になり、「あの時代には老師も大変だったのですか?」と聞くと、少し表情を曇らせた。聞くべきじゃなかったかな…と後悔したが、老師は少しづつ身の上話を教えてくれた。
老師の親は解放前(1949年以前…中華人民共和国の建国以前)から工場を経営していたため、文化大革命の時は「資本家」として両親は紅衛兵から攻撃を受けて大変だった…というのだ。
ただ、この話の内容の大半は筆談であった。
私からの質問は全て口頭で伝えたけれど、老師からの回答はほとんどが筆談だったのだ。
かなり長い話だった。今まで溜め込んでいた思いを全て吐き出すような内容だった。悲惨な目に遭った老師への同情もあったけど、初めて直接聞く文革の経験者の体験談だったので、大いに好奇心を刺激された。
話が終わってから、内容を忘れないためと、当時まだ知らなかった単語もたくさん出てきたので、筆談に使ったメモを持ち帰っても良いですか?と聞いたら、老師は首を横に振りながらメモを全て細かく細かく…紙吹雪を作るようにして…細かくちぎって、それを大きな灰皿に入れると、火をつけて燃やし始めた。
部屋の中で、大きめの炎があがり、少し怖かったが、それはすぐに燃え尽きた。しばらく、部屋の中は焦げ臭く煙たくなった。老師と私は一緒にそれが完全な灰になるのを見届けた…何かの儀式をしているような厳かさを感じた。
更に老師は灰をひっくり返して燃え残りがないか確認するかのようにかき混ぜて、全てが灰になったのを確認すると、いつもの笑顔を取り戻して、「さぁ、火鍋の用意をしましょう」と言った。
私はその「徹底ぶり」に不安を感じたので、「なぜなのですか?」と聞いてみたら、老師は小声で「見られているから」とささやいた。
「誰が見ているのですか?」
「ずっと見られているのですよ」
「いつからですか?」
「あなたがここに来ているのを見られている」
「誰が見ているのですか?」
「近所の人も見ているし…見ている人がいるのですよ」
老師は笑いながら、さぁ火鍋の用意をしましょう…材料は既に揃えてありますよ…と言いながら私を厨房へと案内し、それで私の質問は立ち消えになった。
* * * * * 
夕食後、学生宿舎に帰る道すがら、老師の話をもう一度頭の中で整理していた。
当時の私は、純粋で世間知らずな学生だったので、「老師は文革で大変な目に遭ったので、それで神経質になりすぎているのではないか」…と考えた。
ただ、留学生宿舎の部屋の壁のスピーカーのこともあるので、「もしかして老師の部屋にも『スピーカー』はあるのかな?」と思いついた。
そうすると、老師が文革の話になってから、筆談に切り替えて、自分の口からは敏感な話を一切しなかったことの意味が、全て紐解けたような気がして、うす気味悪くなった。
そんなことがあるわけがない…私自身、ちょっと考えすぎなのかも知れない…と思い直しながら、帰り道を急いだのであった。”

中国式監視社会の思い出 – 黒色中国BLOG (via petapeta)

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